私の作品                        吉岡 礼子

けしの花

無量寺という村を過ぎて
港へ出る
晴れた空から
蜘蛛の糸を垂らしたように
海は光っていた

どこまでが私のこころで
どこからが身近な男性(ひと)のこころか
もう解らない

帰り道村の家の畑で
けしの花が揺れていた

その名のように
風がさらさらと降りつもる
村を通って帰った


種子アリマス

 抽出の中からちり紙にくるまった、岩石
の粉のように固くなった花の種子が出てきた。
もう九年も前、山肌を見せてパタパタと建ち
並んだ住宅に住み始めて間もなく、かっと照
る日射しの中で悪阻に苦しんでいた私は、夏
痩せした赤土と石ころばかりの(おもて)が大層たま
らない気がして、低い垣根の間にスイートピー
の種子を蒔いておいたら秋になって、とても
美しい色の花が咲いたのだった。

 その頃家の前に、近くの紡績工場へ通う人
のマイクロバスが止まるようになって、毎日
夕暮れの決まった時刻に三人の中年の女の人
が降り立つのだった。ある日、その中の一人
が庭を掃いていた私に ”来年、この種子下さ
いね” と確かに言われたのだ。種子はちり紙
に輪ゴムで巻かれてそれからずっと、転勤の
間も電話の下の抽出に在ったのだが、何処
のどなただったのか、今ではマイクロバスも
止まらなくなって問い正す術も無いけれど、
スイートピーの種子、アリマス。


川のほとり

橋を過ぎて
車を走らせていた
見慣れた一本道をゆく
土堤は生い茂り
空は青かった

 ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ
 あ・あ・思い出せない

光芒があった
どうしたのか
私は誰なのか
この一面の緑はどこから

途方のない時間

気が付いたとき
眼の前にあるもの
ハンドルを握った
それは て
ペダルの上にあるもの
それは あし

ハンドルの間を小さく風が吹いた
どこへ流れ出ようとしていたのか
私という星のかけらは

光る川は蛇行していった